制度はこうして生まれた

世の中には法律と憲法があります。この違いを簡単に説明するなら、法律は国民が守らなければいけないもので、憲法は国家や公務員が守らなければいけないものです。子供の発想で、どっちが偉いかといいますとそれは憲法です。憲法はすべてにおいてベースとなるものです。

違憲審査制とは法律が憲法に違反していないかを審査するものですが、その手続きを違憲審査とか合憲性審査などといいます。違憲審査制には付随的審査制と抽象的審査制とがあります。前者はアメリカ型とか司法裁判所型、後者はドイツ型とか憲法裁判所型などともいわれています。

どちらも憲法に基づいて政治を行うということが確立していることが大前提ですが、2つの違いは成り立ちの歴史に求めることができます。

アメリカ型は1800年初頭に起きたマーベリー対マディソン事件が大きな転換期となりました。この事件において連邦最高裁判所の首席裁判官であったジョン・マーシャルが違憲審査制を確立したいわれているからです。元来アメリカでは立法権に対する不信感が強かったのですが、その理由はイギリス議会が圧政的な法律を制定していたことが影響しています。

こうした経緯があったためにアメリカでは違憲審査制も受け入れやすい土壌がありました。
対してヨーロッパでは議会が制定する法律のほうが国民の人権を保障するという発想が支持されていました。ですから、違憲審査制に対しては消極的でした。しかし、第一次世界大戦やナチズムの台頭などの過去の歴史が反省材料となり違憲審査制が導入されるようになり現在に至っています。

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